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デヴィッド・モースが物申す!

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気が付けば2ヶ月近くも更新サボり。
とりあえずメモぐらいは残しておきますか。

2月の劇場での鑑賞は

2/27 「パレード」(10) 川崎チネチッタ

これ1本。
ちなみに3月はゼロ。
4月以降は成海璃子ちゃんが「武士道シックスティーン」「書道ガールズ」「シーサイド・モーテル」と3連チャンで公開するんで気合が入ります。

そーいえば、先日アカデミー賞のダイジェストをNHKの衛星で見ました。
なんか小粒な感じになっちゃったなあってのが感想です。
ハリウッドはいつまでもキラキラしててほしいなあと思います。

あとプレゼンターの発表のアナウンスがいつの間にか昔に戻ってましたね。
「and winner is…」ってアレです。

4年前に一度記事にしたんだけど(「オスカー・ゴーズ・トゥ…」)、この20年くらいずっとプレゼンターは「and oscar goes to…」って言ってたはずなんだよね。
それがいつのまにか「受賞者」=「勝者」ってなっちゃってた。
単に語呂(語感?)の問題か、それとも「勝者」の方が景気がいいからか。
これも時代を表してるんでしょうかね?

さて、映画館には行ってないけどDVDはワサワサと見てます。

「野良猫ロック マシン・アニマル」(70)
「女囚701号 さそり」(72)
「女囚さそり 第41雑居房」(72)
「女囚さそり けもの部屋」(73)
「修羅雪姫」(73)
「修羅雪姫 怨み恋歌」(74)
「重力ピエロ」(09)
「おっぱいバレー」(08)
「ハッピーフライト」(08)
「スラムドッグ$ミリオネア」(08)
「キャデラック・レコード」(08)
「ミッドナイト・トレイン」(09未)
「紀元1年が、こんなんだったら!?」(09未)
「プロテージ/偽りの絆」(07未)
「バンク・クラッシュ」(07未)
「アザーマン -もう一人の男-」(08未)

まあ最近は梶芽衣子の私的強化月間なもんでして。(笑)

イイなあ。
今さらながら。
当時はガキんちょだったから、梶芽衣子といっても「恨み節」のお姉さんくらいにしか思ってなかったからね。
奇麗だし、可愛いし。
最近はあまりいないなあ、こんな感じの女優さん。
柴崎コウがちょっと近いかなあ?

あとはラーメンズのDVDを大人買いしてずーっと見てたり、「ドクター・ハウス」のシーズン3を見たりと、結構いろいろ見てましたね。

「ドクター・ハウス」は相変わらず面白いです。
毎シーズン、それぞれのエピソードとは別にシーズンを通したサイド・ストーリー的なのがあって、今回はデヴィッド・モースがゲスト。

麻薬捜査担当の刑事の役でハウスに診察してもらうんだけど、そのときのハウスの対応に腹を立ててストーカーっぽくハウスの医師免許を剥奪すべく陥れようとする役です。
デヴィッド・モースって、こーゆー爬虫類っぽいジメッとしたしつこい役が上手いです。
というより、こーゆー役のモースしか知らないといいますか。

初めてこの人を意識したのは多分「コンタクト」(97)でのジョディ・フォスターの父親役あたりなんだけど、善人のモースってあとは「グリーン・マイル」のトム・ハンクスの同僚の看守くらいかな。
あとは最初は友人、か~ら~の~、実は悪玉、みたいなのが彼のパターンだから、最後まで善人だと「ウソでしょ!」くらいに思ってしまう。
まあそーいった意味では名傍役ではなくて大根さんということになってしまうのか?

house-tritter.jpg
モース、ネチネチです。





クラシックな話

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いきなりですけど、よく見てる映画ポスターのサイトでこんなのを発見。



シンプルなシルエットがカッコイイ「雨に唄えば」です。
なんだかこのままインテリアとして飾りたくなってしまます。
これは「TCM Classic Film Festival」という映画祭(?)のポスターみたいで、他にも「雨に唄えば」の他にも「卒業」「サンセット大通り」「スター誕生」「サタデーナイト・フィーバー」「カサブランカ」などのバージョンがあります。
IMP Awards)

ポスターにはそれぞれキャプションがついてて、画像の「雨に唄えば」の場合は"Classic Fun"と入ってます。
で、「卒業」なら"Classic Temptation"、「サタデーナイト・フィーバー」だったら勿論"Classic Fever"といった具合。

う~ん、「サタデーナイト…」はもう「古典」扱いなのかと思うとちょっと感慨深い。
やっぱり自分がリアルタイムで観てきた映画ですからねえ。
それを古典と言われちゃうと自分までお爺さん化してしまうとゆーか何とゆーか、複雑な気持ちではあるわけです。
いまだになんだか「古典」=「白黒映画」みたいな考えが頭のどっかにあるんでしょーね。
でも考えてみれば、「サタデーナイト…」だって、もう30年以上前の映画なんですよね。
自分が映画を見始めた1970年代の頃に30年前の映画といったら1940年代だったわけですから。

それにしてもシルエットひとつでどの映画かすぐに分かってしまうというのは、それぞれの映画のそれぞれの場面がどれだけ印象的なものだったかということですよね。

もしも、このポスターに日本映画を入れるとなると何だろ?
やっぱり「世界のクロサワ」になるんでしょうか。

「生きる」のブランコに乗る志村喬あたりはどーでしょ。
なんでも今年は黒澤明の生誕100年だとか。
黒澤明って明治生まれだったんですねえ。
で、日比谷のTOHOシャンテでは一昨日まで記念上映をやったりしてたみたいですけど、あまり盛り上がりは感じませんでしたよね。
なんだか、こんなんでいいのか?って思っちゃいます。
こっちの方が"たちあがれ日本"ってとこじゃないすかね?

書籍でも「クロサワ本」はチラホラ出てました。
そんな中の「複眼の映像 私と黒澤明」という文庫本を読んだんですけど、これがスッゲェー面白かった。
著者は脚本家の橋本忍
黒澤作品の「羅生門」(50)で脚本家でビューをしたあと、「生きる」(52)「七人の侍」(54)などを共同で書いてますけど、ぼくの年代だとやはり後年の「砂の器」(74)や「八墓村」(77)(74)や「八甲田山」(77)でのいつもなんかドロッドロというかギラギラッした感じのホンを書く人という印象が強いです。
ほら「八墓村」だって『たたりじゃー』のコピーが受けたのが大きかったけど、それまで慣れ親しんでた市川昆作品のレトロでモダンな金田一シリーズとは全然テイスト違ってたじゃない?

で、本の話ですけど。
内容としては橋本さんの自伝的要素もあるんだけど、黒澤作品のメイキング本としての面白さが際立ってます。
黒澤作品の特徴のひとつでもある共同脚本の実態がどんなだったかというのが橋本さんが関わった作品を通じて書かれていて、これが映画ファンにとっては堪らない。
タイトルの「複眼」というのも共同脚本からきていて、1人の見方ではなくて複数の目で物語を俯瞰で捉えて脚本を仕上げるといった意味合い。
たとえば、「羅生門」は橋本さんが芥川龍之介の「藪の中」を脚本化したものを黒澤が監督することになったものの、2人の初対面の時に『ちょっと短いんだよね』と黒澤に言われたので咄嗟に『「羅生門」を足します。』と言ってしまったからだったからとか。
「生きる」では最初に黒澤から『あと75日しか生きられない男の話』というテーマを言い渡されて第一稿がスタートしたとか。
また「七人の侍」では昔の侍たちは武者修行の最中にどうやって食い扶持を得ていたのかという疑問から、農民たちの用心棒をアルバイトみたいにしたりもしてたということから物語が作られたとか。

とにかく映画は脚本が命という姿勢で作られていたのがよく分かる。
そしてテーマやストーリーが簡潔に要約できるものほど良いホンになるという話も印象深い。
「生きる」の『あと75日しか生きられない男の話』というのもそうだし、「七人の侍」は『野武士に襲われた百姓たちが侍を雇って戦って勝利する話』というのも実に簡単明瞭。
ただこの単純にも聞こえる話が3時間を超える超大作になるとは予想できなかったようです。

そういえば本当に最近は共同脚本って少ないですよね。
昔はTVの連続ドラマでも共同でやってるのがけっこう多かったように思う。
メインの脚本家がいて、あと2~3人が交代で執筆したりしてね。

そもそも脚本家の名前が前面に出てきたのはやっぱり山田太一、倉本聰、向田邦子といった人たちのドラマあたりからでしょ。
それもこれも他にも早坂暁、市川森一などほんとに力量のあるライターが大勢いて充実した時代だったから可能だったことで、それを今でもそのまんまってのは無理がある。
やっぱり予算的な問題で1人にまかせちゃうんですかね。

最近はマンガや小説が原作の脚色みたいなものばかりだから余計に原作料もかかるだろうし、適当にダイジェストみたいなホン書いてくれればいいやってところなんでしょうか。
これがハリウッドだとまた話は変わってきそうですね。
クレジットで何人もライターの名前が上がってるのはよく見かけるけど、"共同"ってのとはちょっと違ってそうですね。
なんか第一稿があって、それを誰かがリライトして、そのうち監督とか変わっちゃったりするとまた別のライターの手に渡ってリライトされて、で、結局クレジットには3人とかなんてのが多そうです。

先日もむこうのニュースで黒澤がらみのニュースがありました。
それは「天国と地獄」(63)のリメイクの脚本にクリス・ロックが参加したってものなんだけど、なんか「ん?」って感じですよね。
だって「天国と地獄」とクリス・ロックって結びつかないもんね。
リメイク版の第一稿を書いたのはデヴィッド・マメットで、それはそれで見てみたい気がするんですけどどーなるんでしょうね。
多分クリス・ロックが主演なんだろうから同じ彼のリメイクの「天国からきたチャンピオン2002」(01未)みたいに主人公が実業家から映画スターみたいなのに変わっちゃうのかな?

こんな感じかな??





二つの独身中年男性物語

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半年ぶりです。

最近はあまりに観たい映画がなさ過ぎて映画館からはすっかり足が遠のいてしまってるんだけど、別に映画ファンじゃなくなったわけじゃない。
まあ「ホタルノヒカリ2」綾瀬はるかにニヤニヤしたり、「モテキ」満島ひかりにキュンキュンしたりと珍しくTVドラマなんかは観てましたけどね。

で、先日の日曜日に今年も東京国際映画祭に行って参りました。
見たのは「ジャック、舟に乗る」(10)という映画。
これ、主演のフィリップ・シーモア・ホフマンの初監督作なんですけど、内容も地味な感じだったからとても劇場公開はされそうもないなと思って見てきた次第です。
映画の方は良くも悪くも演技派の役者が好きそうな話で、舞台劇にも出来そうなお話でした。




ホフマン演じるジャックはニューヨークでリムジン・サービスの運転手をしているしがない独身中年男。
ある日、同僚のクレイグ(ジョン・オーティス)の計らいで彼の奥さんの職場の同僚コニー(エイミー・ライアン)を紹介してもらう。
不器用だけど誠実さだけが取り柄といったジャックは、2回目のデートの約束を取り付ける前に気候が暖かくなったら一緒にボートに乗る約束を決めてしまう。
後になって泳げもしないのになんでそんな約束をしてしまったんだと後悔するジャックにクレイグが水泳を教えてやると助け舟。
かくして中年男の"前向き”な生活が始まった。
ストーリーはざっとこんな感じ。

不器用さゆえに1人で生きてきたジャックとこれまた不器用なアラフォー女性の恋愛モノなんてと思ってしまうところもある。
でも、常にレゲェ音楽を聴いたり、水泳を習ったり、はたまた彼女とのディナーの為に料理を習ったりとゆうジャックの「前向き」さがなんか健気で微笑ましいのです。

まあ自分がジャックと同じ独身中年男性ですからね。
ちょっとジャック目線で見てるってのもあるのかも。

実はこれを観るちょっと前に「アンナと過ごした4日間」(08)を見てて、これまた独身中年男の純愛モノだったんです。
ただこちらは純愛とはいっても法に触れちゃってます。
好きになるあまり相手の家に家宅侵入しちゃうという話でした。

主人公は彼女の寝酒に睡眠薬を混ぜて彼女が熟睡してる間に部屋に忍び込むんですよ。
で、何をするかっていうと静かーに部屋の掃除をしたりペディキュアを塗ったり、愛を告白したりの変態三昧。
もちろん映画は主人公を変態としては描いてはませんけどね。
でも「ジャック…」も「アンナ…」も不器用な独身中年男を描いてるってのはなんも変わりはないんですよ。

二人の違いはただ一点。
「前向き」かどうかってところ。
自分の人生をどうにかしたいってゆーこの同じ思いのベクトルの差が「アンナ…」のラストでは主人公を自業自得だよって思ってしまうし、「ジャック…」で彼女へのディナーを失敗してしまってキレてしまうジャックを切なく思ってしまう差になってくる。
そんなの当たり前なんだけど、人生の折り返し点を過ぎてからの「前向き」ってのは、これはなかなか難しいよ。

「どうせそんなもんだよ人生は」

みたいな気分になりがちですもんね。




さてさて。

今年の東京国際映画祭ではあと2本観てきました。
パン・ホーチョン監督の「恋の紫煙」(10)とアン・ホイ監督の「愛に関するすべてのこと」(10)。

「恋の紫煙」はたばこが大幅に値上がりした日本にもタイムリーな内容。
屋外の喫煙場で出会った男女のロマンティック・コメディで、ホーチョン監督は肩の力も抜けて楽しんで作ってるって感じで好感が持てます。
もちろん洒落っ気もあって、面白かった。
「愛に関する…」はなんかピントが定まってなくて、コメディ仕立てにしたいのかストレートな会話劇にしたいのかボヤケてしまってて最後まで乗れずじまい。
作り手の真面目な部分が裏目に出てしまってるように思えました。


会話で始まる映画がある

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なんかひと昔前のコーヒーのCMのコピーみたいなタイトルです。

「会話で始まる映画がある。会話が弾むコーヒーがある。」

なんてね。
まあコーヒーとはなんの関係もない話なんですけど…。

映画のオープニングがいきなり会話のシーンって映画があります。

例えば、「レザボア・ドッグス」(92)。

どっかの食堂で男数人が飯でも食いながらどーってことのない話をしている。
全員黒のスーツに黒ネクタイ。
なんだ?葬式の帰りか?って感じ。

話の内容はマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」の歌詞についてのあーだこーだ、とか、ウェイトレスという職業についてのどーたらこーたら、とか。
誰もが食事をしている時に交わすホントにどーでもいい会話なんだけど、この男たちがこれから銀行強盗をしようとしてる男たちだということがこの後にわかってくると、この他愛の無い会話のシーンが妙に印象に残ってしまう。
会話の内容は下らなければ下らないほどイイ。
桂枝雀じゃないけど「緊張」と「緩和」です。
なんせこの男たちはこの後に銃で撃たれてしまうような男たちなんですから。
いずれにせよ物語の冒頭になんの状況説明もなく会話のシーンをもってくるというのは観客を「なんなの?これ。」って感じにさせる。
相撲でいきなり立ち会いに体を交わされたようなもんです。

reservoirdogs01.jpg


以前にもちょっと書いたけどウディ・アレン「ブロードウェイのダニーローズ」(84)も会話で始まる。

どこかのレストランのテーブルで、仕事終わりに軽い食事と酒を飲みに集まった仲間うちで話しているのは噂話。
噂話ってのも他愛の無い会話には欠かせない。
上位にランキングされちゃうネタですね。
噂されてるのは映画のタイトル通り、ブロードウェイでタレントのエージェントをしてるダニー・ローズ(ウディ・アレン)という男の話。

この後、映画はお抱えのタレントに振り回されるお人好しのダニー・ローズの恋の話が描かれていき、ラストにはお約束どおりにまたこのテーブルの会話となって終わる。
「ってゆー話さ。」というパターン。



broadwaydannyrose01.jpg


ウディ・アレンはこのパターンが好きなのかもう一度この手を使ってます。
映画は「メリンダとメリンダ」(04)。

あるレストランで作家仲間が夕食を共にしている。
ウォーレス・ショーン演じる喜劇作家と悲劇ばかりを書く作家との間で「人生は悲劇か?喜劇か?」という話題になる。
そして、ある一組の夫婦の前にひとりの女性(メリンダ)が現れるという同じシチュエーションから喜劇作家と悲劇作家がそれぞれのストーリーを語りだすといった内容だった。
もちろん映画のラストはこちらもお約束どおりにレストランのシーンになり、ショーンの「悲劇でも喜劇でも、一度きりの人生を楽しまなきゃ」という台詞でエンディングとなる。

melinda01.jpg
後ろ姿がウォーレス・ショーンです


なんかここまで書いてみて、会話で始まる映画ってのが別に珍しくないような気がしてきた。
ただ単に好きな映画だから覚えてるだけなのかも。
次の映画もそうなんですよね。
好きな映画なんです。
映画は前回にもちょっと書いたパン・ホーチョン「恋の紫煙」(10)。

映画祭上映だったし、アクション物でもないんで多分DVDとかにもならないだろうから忘れないようにちょっと記録しておこうと思って。
「レザボア…」やアレン映画のことを思い出したのも、この映画もやっぱり会話で始まる映画だったからなんです。

2007年の禁煙法により室内喫煙が禁止された香港では屋外の喫煙コーナーでしか愛煙家はたばこを吸えなくなってしまったようで、映画はこの喫煙コーナーでの会話で始まるんです。
ここでの話はヨタ話でも噂話でもなくホラ話。
というよりホラー話か。ちょっと恐い話ってやつです。
この「駐車場でのちょっと恐い話」がタイトルクレジットに映像で語られてから喫煙コーナーでの場面となります。
だから厳密には会話で始まってはないけどね。
で、この喫煙コーナーで広告会社に勤めるジーミン(ショーン・ユー)と化粧品販売員のチョンギウ(ミリアム・ヨン)が出会ってお互いを意識するようになるという話。

ホーチョン監督は以前「イザベラ」(06)を観た時にも、この人は映画マニアっぽいなあと思ったんだけど、今回もロマンス・コメディながら映画マニアらしさがチラホラと見受けられる。
劇中、随所に登場人物たちのインタビュー映像が挿入されたりするのもウディ・アレンあたりを意識してるのかなと思ったり。
あとは最初の「駐車場」の話や、ジーミンの元カノの話とかも上手いこと話に活かされてるし、エンドマークの後にはしっかりオチも用意されてて。
なにより役者がオーバーアクトじゃないのが良かったね。
なんか香港映画らしくなくてね。(笑)
あっちの映画はコメディだと思いっきり弾けちゃうでしょ、演出も演技も。
その辺がオシャレでしたよ。

物静かなショーン・ユーはアクション物より魅力あったし、ミリアム・ヨンも開けっぴろげな性格の年上女性を可愛く演じてた。
あとショーン・ユーの眼鏡はぼくのロマコメの法則からすると正解です。
『振り回される男は眼鏡をかける』です。
それにしてもよく喋るね、香港の人たちは。
日本でも今は駅前などに喫煙コーナーとかあるけど、あんなコミュニティは形成されてないし。
とゆーか、あり得ないですね。
みんなお互いがそっぽ向いてタバコ吸ってる状態。
あと向こうでは警官も吸ってるんだよね。
日本だったら公共の場で警官がタバコ吸ってるとこなんて見られたら、絶対誰かに文句いわれちゃうだろうね。
なんせ宅配便のS社とかなんてドライバーさんは車内でも禁煙になってしまってるくらいだから。
ちなみにパン・ホーチョン自身はタバコは吸わない人のようです。

loveinapuff01.jpg
袋小路みたいなところの喫煙スペース。奥では警官たちも一服。





母と観た映画

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昨年暮れの12月30日に母が亡くなった。

この半年、徐々に食欲が無くなって体力が落ちてたんだけどクリスマス後にはほとんど食事をしてくれなくなってしまって。
なにか自分で自分の人生はここまでと決めてしまったかのようでした。

でも最後の2年間、母親の世話が出来て良かった。
もしやってなかったら後悔はもっと大きかったと思う。

結局、母と一緒に映画館で映画を見るという機会は無かった。
それでも茶の間で一緒に映画を見てる時にチラッと母が漏らす思い出話は今でも覚えてたりする。
「グレンミラー物語」を観ていたときは、若い頃はジューン・アリソンに似てると言われたことがあると話してたこと。
ヒッチコックの映画を観てると、いつも「裏窓」は面白かったって言ってたこと。
クラーク・ゲイブルやゲーリー・クーパーよりもケーリー・グラントが好きだったって言ってたこと。

まあ間違いなくぼくが映画を好きになったのは母親の影響だろうなあ。

 
 





復活ってほどじゃないけれど…

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なんと7ケ月ぶりの更新。
もうこのブログ見てる人もほとんどいないだろうけど、まあいいや。
とりあえず今年どんな映画を見に行ったかを記録しておきます。

1/23 「イップマン 葉門」(10)
2/23 「MAD探偵 7人の容疑者」(07)
3/6  「英国王のスピーチ」(10)
4/9  「ザ・ファイター」(10)
4/9  「イリュージョニスト」(10)
4/16 「孫文の義士団」(10)
4/30 「スコット・ピルグリム VS.邪悪な元カレ軍団」(10)
5/14 「婚前特急」(11)
6/18 「プリンセス・トヨトミ」(11)
7/24 「メタルヘッド」(10)
8/7  「木洩れ日の家で」(07)
8/12 「この愛のために撃て」(10)

と、まあこんな感じ。
最近は観たい映画が無いと思いながらも、割と観てますねぇ。
月イチのペースじゃん。

この中では言うまでもなくって感じでトーさんの「MAD探偵」が飛びぬけて面白かったねえ。
「MAD探偵」については3年前の東京国際映画祭で見た時に記事にしてるんで良かったら読んでみてちょ。(映画祭も気になるジョニー・トー

ただ今回は映画祭の上映時とタイトルが変わっただけじゃなくて他にも変わったところがありました。
それは字幕なんです。

この映画でラウ・チンワンが演じる主人公パンは、人間の内面が見えてしまうという能力を持ってるって設定なんだけど、映画祭のときはこれを『鬼』と訳していました。
ラム・カートン演じる容疑者には7人の鬼が棲んでいるという感じです。

それが今回はこれが『人格』って字幕に変わってました。
そのせいか今回の作品紹介や映画評などではこの映画を多重人格の話みたいに紹介されてたものが多かったようなんだけど、でもそれだとちょっと違うんじゃないって気がしてます。
ラム・カートンは決して多重人格者として描かれてるわけではないからね。
だから『鬼』の方がニュアンスとしては正解のような気がします。
でも字幕としては『人格』のほうが一般的というか、解りやすいってとこでしょうか?
字幕ひとつで映画の受け取り方が違ってきちゃう場合があるという良い例ですね。
原語ではどうなんですかね。ちょっと気になります。

でも間違いなくこの映画のラム・シュたちは、昔からコメディで使われてた天使と悪魔が頭の上の両サイドで囁きあってるってゆー、アレの発展系ですよね。

余談ですけど、可笑しかったのはこれを見た後に入ったお店のウェイトレスが2人連れのぼくたちを見て、「3名様ですか?」って聞いてきたこと。
こっちは思わず後ろを振り返っちゃいましたよ。
後ろにラム・シュが立ってるのかって。(笑)



さて「MAD探偵」と同じ上映時間が90分に満たないのに面白さテンコ盛りの映画が、この前観てきた「この愛のために撃て」(10)でした。

監督はフランスのフレッド・カヴァイエとゆー人。
見る前は「あるいは裏切りという名の犬」(04)みたいなフレンチ・ノワールっぽい映画かなと思ったら、これが180度違って、なんか80~90年代のハリウッド映画を思い出させる巻き込まれ型アクション映画だったんです。

主人公は妊娠中の妻がいる看護師(ジル・ルルーシュ)で、ある日この妻が誘拐されてしまう。
身に覚えのない主人公。
犯人の要求は主人公の勤める病院に運ばれてきた指名手配犯を警察より早く運び出して連れて来いというもの。
で、この指名手配犯が厄介なことに警察の腐敗の証拠を握っちゃってるもんだから、逃げる主人公たちを追いかける警察も悪徳刑事と善良な刑事が一緒になっちゃってる。
結局、主人公は妻は救いたい。けど、警察は頼れないしなぁ。さあどーする?
ってな話です。

この映画を観てて、やはり同じ有楽町スバル座で一昨年に観た「コネクテッド」(08)を思い出した。
こちらはハリウッド映画「セルラー」(04)の香港リメイクだったけど、2本共今のハリウッドとは違う3Dに頼ることのないアクション映画(それもどっちも巻き込まれ型)というところに惹かれるんですよね。

「この愛…」も善人の主人公が指名手配犯とコンビで逃げ回らなくてはならなくなる皮肉や、地下鉄の構内で善ポリと悪ポリの警官コンビに追われるサスペンス、そしてよりによって警察本部に侵入する羽目になるユーモアが利いてたりして、ほんとシナリオの勝利だなと思わせます。
やっぱり3Dは絶対アクション映画を滅ぼしますよ。
アトラクションとしては楽しめてもね。

最後に「この愛…」の中の笑ったセリフを。
警察に侵入する際の指名手配犯役のロシュディ・ゼムが警官の扮装をしようとする主人公に向かって

「お前は善人顔だから、俺がポリ役だ。」

お前が言うかっ?って顔の主人公が可笑しかった。

フランス版のポスター。
悪人顔の指名手配犯ロシュディ・ゼム。ちょっとジェムス・コバーン風味が利いてました。


「この愛のために撃て」公式サイト




その役者、本人につき

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以前NHKのBSで「ギャレス先生 ユース・オペラに挑戦!」ってゆードキュメントをやってたんだけど、これが面白かった。

内容はギャレス・マローンという先生が舞台経験どころか合唱さえもしたことがない50人もの少年少女たちを、イギリス南部イースト・サセックス州にある「グラインドボーン」というオペラハウスで上演されるオペラに出演させるまでを追ったドキュメント。

オペラといっても現代オペラで、内容はちょっと「ウエストサイド物語」みたいな話で、若者たちが演じるのはそこに出てくるギャング団の役。
少年たちの中には挫折して辞めてしまうものもいるし、役柄同様のギャングまがいの子もいたりする。
こんな子供たちをギャレス先生が時には厳しく、時には煽てて指導してくんだけど、果たして本番までに間に合うんだろうかって心配もあったりで、まあ面白かったっす。


で、これとちょっと似たような映画が「ロック・ミー・ハムレット!」(08)って映画。

主人公のダナを演じるのは「80デイズ」(04)でジャッキー・チェンの相棒役だったスティーヴ・クーガン
ちょっと毒気のないモンティ・パイソンみたいなイギリスのコメディアンです。

売れない役者のダナは高校の演劇クラスを教えてなんとか生活してる。
映画オタクのダナが作る芝居は「エリン・ブロコビッチ」(00)とかヒット映画をそのまま舞台化してしまうという安直なものばかり。
おまけに高校の予算削減の煽りを受けて演劇クラスが存続の危機となる。
なかばヤケ気味のダナはオリジナルの「ハムレット2」という過激なミュージカルを作り上げ、上演目指して奔走するんだけど…、ってお話です。



この映画、熱血先生モノとしてもソコソコ楽しめるんだけど、ホントの可笑しさは本筋とは関係のないところにある。
主人公が映画好きの役者なんでやたらと映画ネタが出てくる訳でして。

たとえば「エリン・ブロコビッチ」のジュリア・ロバーツのセリフを丸ごと芝居として再現してみたり、熱血先生モノの映画のシーンを思い出しては主人公が勝手に盛り上がっちゃったりするんですよ。
出てくる映画は「いまを生きる」(89)「チップス先生さようなら」(69)「陽のあたる教室」(95)「デンジャラス・マインド 卒業の日まで」(96)といった映画です。

そして一番笑えたのがエリザベス・シュー
そうです、あの「リービング・ラスベガス」(95)の、と言うより個人的には「ベビーシッター・アドベンチャー」(87)のエリザベス・シューが本人役で出てるんです。
しかも設定がまたすごくて、ハリウッドに嫌気がさしてアリゾナに来て看護師をしているエリザベス・シューという設定。
スゴイっしょ?!

本人が本人役として出るってのは、まあカメオ出演としてはよくあります。
最近なら「ファンボーイズ」(08)に出てたウィリアム・シャトナーとかね。
他にもスポーツ選手が本人役として、なんつーか、ファンサービス的な出演ならばよくあることです。
でもこのシューはそんな次元じゃないから。
だって主要キャストなんだもん。
「ハムレット2」の舞台を見て、もう一度カムバックを決意しちゃうんだもん。

エリザベス・シューが。
エリザベス・シューとして。

これはもう「マルコヴィッチの穴」(99)のジョン・マルコヴィッチ以来の快挙でしょう。

本人役と言えば、あとはアレがあった。
「その男ヴァン・ダム」(08)。

これもかなりキテましたね。
ジャン=クロード・ヴァン・ダムってそんなにドMだったのってくらいの自虐ネタで、サブ・タイトルに「ヴァンダムはつらいよ」とか「ヴァンダム ストックホルム慕情」って付けてほしかったくらい。







インディーズの女房 キャサリン・キーナー

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前回の「ロック・ミー・ハムレット!」(08)の流れで。

この映画で主人公スティーヴ・クーガンの奥さんを演じていたのがキャサリン・キーナーでした。
主人公夫婦と同居してたデヴィッド・アークエットと出来ちゃってアッサリと主人公を置いて家を出てしまうというトンデモ女房だったんだけど、それでも彼女が演じるとやっぱりちょっと違います。
なんか彼女に肩入れしたくなっちゃう。
そりゃあさあ、こんなうだつが上がらない旦那じゃ~ね、
とか。
さすが"クイーン・オブ・インディーズ"って名付けたい感じです。
でも、まあよりによってアークエットはないんじゃない?って思いますが。

好きですねぇ、この女優さん


キャサリン・キーナーという女優を初めて知ったのは「リアル・ブロンド」(97)。
この映画でも主人公のマシュー・モディーンは売れない役者で、キーナーもこれまたモディーンと同居してる恋人という設定でした。

その後「アウト・オブ・サイト」(98)、「マルコヴィッチの穴」(99)、「カポーテ」(05)などで独特の印象を残してますけど、「ロック・ミー…」や「「40歳の童貞男」(05)みたいな映画にも出てるとこが不思議です。
どっちもなんでこんな役をやんの?って映画だもん。
だからなんか“演技派”ってくくりでもない女優なんですよね。
フットワークが軽そうです。

「アウト…」ではジョージ・クルーニーの情婦役。

ぼくは女優を笑い方で好きになることが多いみたいで、その点でキーナーも笑い方が魅力的。
まず声がいい。
ちょっとハスキーな声でね。
それでいて結構豪快にガハハと笑うんだな。
かと言ってジュリア・ロバーツほど豪快すぎるわけでもない、丁度いいってとこです。



この前DVDで観た「僕の大切な人と、そのクソガキ」(10)はタイトルだけだとジョン・C・ライリー主演のおバカ映画みたいと思わせつつ、これが割とシリアスなドラマでした。
バツイチ男と子離れができないシングルマザーと恋をする大変さ、と言いますか、まあ親子2人と良好な関係を築き上げる面倒くささを描いてる。
コメディとして誇張する部分はあるものの、それも過剰なわけでは無く、いたってまっとうなドラマでした。

で、ここでもまたまたキーナーはライリーの別れた元女房。
自分は新しい恋人がいるもんだから、ひとりになったライリーにも早く良いパートナーが出来たらいいなと思ってるという役どころ。
そのライリーの新しい彼女になる子持ちのシングル・マザーを演じているのがマリサ・トメイでした。
彼女もまた大のお気に入り。
だから個人的になんとも贅沢な共演ですよ!

まさに夢の競演っす!!


キーナーもトメイもインディーズ系の出演作が多いってのが共通してるかな。
「僕の大切な…」が思ったほどお笑いに流れていないのは、この2人の存在感も大きいと思います。
勿論、主演のジョン・C・ライリーも思いやりのあるいい男を好演してましたけどね。
ヒューマンリーグを熱唱するとこは面白かったな。

マリサ・トメイはぼくのアイドルだった女優なんですけど、最近はまた一段とイイ女って感じなのが嬉しい限り。
一時は「恋する遺伝子」(01)みたいな主役の女優の親友みたいな、ジョーン・キューザック的な役しか最早廻ってこないんじゃないかと心配しちゃいましたけど、「団塊ボーイズ」(07)も良かったし、「レスラー」(08)のストリッパーなんかも泣けたよなあ。
若いころのチャーミングさを残しつつ、年相応にセクシーだし。
そしてやっぱり笑い方に特徴があります。
好きだな~。

踊るトメイとウィリアム・H・メイシー


こっちはミッキー・ロークと





2つの顔を持つ映画?

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前回のマリサ・トメイの流れで。

久々に映画ポスターサイトのIMPを見ててあれやこれや見つけたもんで、そんな話です。

まずはスティーヴ・カレル主演の「ラブ・アゲイン」(11)のポスター。
共演者はライアン・ゴスリング、ジュリアン・ムーア、エマ・ストーン、ケヴィン・ベーコンなど。
日本公開は11月19日でカレルは妻に離婚を切り出されちゃう生真面目男を演じ、彼の男を磨くべく色々とアドバイスをするプレイボーイ役がライアン・ゴズリングみたいです。
ゴズリングがどんなコメディ演技をするのかちょっと気になるところ。

ゴスリングの出演作は「ステイ」(05)と「ラースと、その彼女」(07)しか見てないけど、それでも作品ごとに印象が違う役者さんというイメージです。
なんかエドワード・ノートンっぽいっつーかね。
今年はこの映画の他にも出演作があるみたいで彼のカメレオンぶりを見るにはいいかもです。

最近よく見る映画のキャラクター紹介を兼ねてるキャラクター・ポスターの1枚。


ゴズリング君の2本目は、今年のカンヌで監督賞を受賞した「Drive」(11)でアメリカの公開は9/16。
カー・スタントマンのゴズリングが運転技術を買われて犯罪に手を染めるといった内容みたい。
共演者はアルバート・ブルックス、ロン・パールマン、キャリー・マリガン

ちょっと昔の「ザ・ドライバー」っぽさが匂います。


コメディ、犯罪モノときて、3本目は政治ドラマです。
ジョージ・クルーニーが監督する「Ides Of March」(11)がそれでアメリカでの公開は10/7。
ゴズリングの役どころは大統領予備選挙に立候補したクルーニーの参謀役みたいです。
共演はフィリップ・シーモア・ホフマン、ポール・ジアマッティという曲者がそろい踏みです。

そして、またまたマリサ・トメイです。
トメイは今回はジャーナリスト役らしく予告篇では黒ブチのメガネなんかかけちゃってます。
この映画はポスターが面白くてゴズリングとクルーニーの顔が半分半分になってる“2フェイス”パターン。

良く出来てます。こんな顔の人っているよね


それにしてもゴズリング君は3本共、今までと違ってなんかシュッとしてますねぇ。
さてさて“2フェイス”パターンが流行なのかどうか知らんけど、こんなんもあった。

ポスターを破った感じの継ぎ目でワイルドさを表現ですかね。


ポスターとしてはゴズリング+クルーニーの方がアイデア勝ちって感じですかね。
でもやっぱり“2フェイス”ものと言ったらやっぱりコレかな?

なんか随分と懐かしいです。


入れ替り系映画「レイン・オブ・アサシン」

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前回の「フェイス/オフ」(97)の流れで。

ジョン・ウー製作・共同監督という「レイン・オブ・アサシン」(10)を観ました。
赤壁2部作はなんだか大味すぎて、あまり面白みを感じなかったんだけど、これは良かった。
とにかく面白キャラが満載で娯楽活劇に徹してくれてて楽しめます。

imdbを見てみたらジョン・ウーに監督のクレジットはなくてスー・チャオピンのみになってるんだけど、物語の方はというと、これがまるで"武侠版フェイス/オフ"とでも言いたくなるようなジョン・ウー色いっぱいの映画ではありました。


「フェイス/オフ」は顔(皮膚?)を移植しちゃってジョン・トラヴォルタニコラス・ケイジが入れ替わるという話でした。
それが「レイン・オブ・アサシン」では暗殺団の一員だった主人公のケリー・リンが自分の過去を抹消するために整形でミシェル・ヨーになる。
そして平凡な男チョン・ウソンと結ばれて新しい人生を過ごしているところへ、暗殺団が彼女が奪って逃げたお宝を取り返しにやってくるってお話。

で、暗殺団のお仲間のキャラがとにかく賑やかでした。
ピエロみたいなマジシャンはいるし、ショーン・ユーは飛び道具の達人で尚かつ麺達人だし、ワン・シュエチー演じる暗殺団のリーダーからしてダースベーダー卿もどきといった賑やかさ。
ホンマ、いくらなんでもあんたら目立ちすぎやで、暗殺団のくせに。
衣装担当は和田エミ
いい仕事ですねぇ。

まあ、そもそもケリー・リンも整形でわざわざ老けてどーすんのとか、暗殺団も最初は大所帯っぽかったのに最後の方はリーダーの小物感が丸出しだったりとツッコミどころはあります。
それにアクション場面ももっとメリハリあっても良かったなあとか、シーン毎にいちいちクレーンでパンダウンしてくるのが鬱陶しいなとか、注文をつけたくなるとこはなんやかやとあるんだけど、それでも全体でまとまってましたね。
だから観てて嫌になったりしなかったのかな。

麺達人ショーン・ユーとベーダー卿ワン・シュエチー


で、実は「レイン…」の前に観た映画も"入れ替わり系"の映画だったんですよね。
「ミケランジェロの暗号」(10)なんですけどね。
この映画、予告編が面白そうだったんすよ。



物語の舞台は1938年のオーストリア、ウィーン。
ユダヤ人のカウフマン一家が営む画廊には、400年前バチカンから盗まれたとされるミケランジェロの名画が所有されてると噂されていた。
そこへカウフマン家の息子ヴィクトルと親友だったルディが訪れる。
ルディはカウフマン家に25年つかえた使用人の子供だったが、ヴィクトル同様に一家の子供の用に可愛がられて育てられた。
名画の噂についてルディに尋ねられたヴィクトルは名画の在処を話してしまうのだが、実はルディは今ではナチス親衛隊の一員となっていた…。

邦題もそうだけど予告編もミステリー・サスペンス調で作られてて、ちょっと良さげじゃないとかって思ってたんだけど、ただ、これが実際はちょっと違ってました。
確かに謎解きの部分もあるにはあるけど、誰にでも解るものでドンデン返しってほどのものでもないんです。
だからなんか見終わって肩すかしを喰らったような感じが強くてね。

原題は『私の最高の敵』。
だからミケランジェロの名画がどーしたこーしたってことよりも、かつての親友と敵対しなければならないという部分がメインなわけです。
映画のトーンもハラハラドキドキってゆーより、かつての親友二人の立場が逆転してしまうところにウエイトがあって、時にはシリアスに、そして時にはコミカルすぎないかってくらいのタッチで描かれている。
その辺がこの映画の一番面白い部分でもあります。

主人公ヴィクトルの母親を演じてたのがマルト・ケラー。懐かしいなぁ!




お久しぶりアクターを探せ!

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なんだかんだと映画を見始めてからかなり年月が経ってしまった。
まあそりゃそうだ、もうじき50歳になろうかというオッサンなんだから。

一般的にはオールドファンというくくりにされてしまうんだろうなあ、やっぱり。
でも長年映画を観ていないと味わえない楽しみというのもあって、昔よく見た役者を再びスクリーンで観るというのもそんな楽しみのひとつかもしれない。
このところそんな経験が続きました。

そんなこんなで、前回の”入れ替わり”の流れで、作家の入れ替わりである”ゴーストライター”が主人公の映画「ゴーストライター」(10)のことから始めますか。



昨年の東京国際映画祭で見逃したのが公開されたので観に行ってきました。
内容はというと、元英国首相の自伝の執筆を依頼されたゴーストライターが巻き込まれる政治サスペンス物で、監督はロマン・ポランスキー、主演はユアン・マクレガー

映画が始まって10分くらいで、なんだろ、この映画落ち着くなって思ったんですよね。
なんか言い方は変だけど映画の「てにをは」がちゃんとしてると言うか、安心して観ていられると言えば良いのか。
とにかくそんな感じがしたんですよ。

もしかしたらそれは「古い」ってことなのかもしれない。
音楽もヒッチコック映画っぽいもので、いかにも「巻き込まれ型」向きみたいな。

けっして傑作ではないけれど、でも自分が今まで面白く観てきた映画と同じリズムを持った映画だったとは言える。
多分そんなこと抜きにしても面白い出来だったんじゃないかな。
で、この映画に興味を引かれた理由が別に監督ではなくて、キャストだった。
それも主演のユアン・マクレガーやピアーズ・ブロスナンよりも助演に懐かしい名前があったんです。
それはブロスナンの秘書役のキム・キャトラルや出版社のボス役のジェームス・ベルーシ、弁護士のティモシー・ハットンという人たち。

キャトラルは最近も「セックス・アンド・ザ・シティ」(08)があるけど他の2人は久々かな。
3人ともまだ50代だけど、スクリーンではほんとにお目にかからない。
ベルーシはスキンヘッドになって貫禄たっぷりになってるし、ハットンもなんだかおじいさん一歩手前といった老け具合。
いやあ、でも懐かしい。
だってこのマクレガーの役だって昔ならハットンが演じても可笑しくない役柄だし、80〜90年代にタッチストーンとかによくあったコメディ・タッチのサスペンスにしてたらベルーシが主演でも全然イケる題材だもん。
そんな時の流れとかも感じたりしてたので、余計に映画が楽しめた気がする。

蛇足だけど、この映画のエンド・クレジットがちょっと洒落てました。
ラストの謎解きと同じ仕掛けになってます。

まるで入道ですベルーシ、後ろはハットン爺

もう一人懐かしい役者を観たのが「スリーデイズ」(10)。

今年公開されたフランス映画の快作「この愛のために撃て」(10)のフレッド・カヴァイエ監督の「すべて彼女のために」(08)をポール・ハギス監督がラッセル・クロウを主演で撮ったハリウッド版リメイクです。

話のほうは、ある日、突然殺人容疑で逮捕されてしまった妻の無実を信じ、脱獄を計画する男の話。

ある日突然に普通の夫婦に起きる災難という点では「この愛…」も「すべて…」も全く同じ。
カヴァイエ監督の評価は次回作にかかってると思われるけど、でも2本とも90分弱でテンポよくまとめられ、脚本もよく練られた娯楽作品であるところが希少価値。
脚本の出来が良いだけにリメイク版の方もほぼオリジナル通りに話は進み、脱獄以降の後半が若干エピソードを膨らませてあって、結果30分長くなっている。

それにしてもなんもプラス要素がない。
確かにつまらなくはない。
ないんだけど、それはオリジナル以上でも以下でもないということで、これじゃリメイクの意味が無いなあというのが感想です。

とにかく妻役のエリザベス・バンクスがよろしくない。
ハギス監督はこの手の顔が好きなのか、なんとなくエリザベス・シュー似のバンクスに無実の罪で収監されてるごく普通の人間の絶望感がゼロなのです。
少しのヤツレも無く健康そのもの、ザッツ・アメリカ〜ン!
ラッセル・クロウもいい加減に減量しないと。
脱獄計画をたてる必死の想いの一般人には見えないよね。
やっぱ頼れるヒーローって感じでしたよ

そんなわけで、弁護士役で登場したダニエル・スターンだけが記憶に残ることになりました。
1980年代にコメディでよく目にしたのがこの人。
「ホーム・アローン」(90)でのダメダメ泥棒コンビのジョー・ペシの相棒、「シティ・スリッカーズ」(91)でのビリー・クリスタルの親友役などでコメディ・リリーフとして重宝されてた。
「スリーデイズ」では白ひげをたっぷりと蓄えて貫禄を付けての登場で、ヒゲのせいですぐには彼と判らなかったけど、間違いなくスターンでした。
なんか変なことして笑わして欲しくなっちゃいました。

ヒゲ面スターンと痩せないクロウ

ここまで書いてティモシー・ハットンの未公開作を思い出した。
ウェイン・ワン監督のクイーン・ラティファ主演作「ラスト・ホリデイ」(06未)がそれ。

余命3週間の宣告を受け、おまけに失恋までした主人公(ラティファ)が、残された人生を思い残すこと無く過ごそうとプラハのリゾート地で贅沢三昧の毎日をおくるのだが…、といった話。

ワン監督作らしくドタバタになる訳も無く、ジェラール・ドパルデュー、ジャンカルロ・エスポジートなどの達者な助演陣の好演もあってハートウォーミングなコメディの佳作となっている。
そこで確か議員か何かの役で出てたのがハットン。
このときも既に「普通の人々」の青年の頃の面影も無い風貌で憎まれ役を演じてたのを思い出した、ってゆーか記事にしてました。

すっかりおじさんのハットンとアリシア・ウィット


こっちはドパルデューとラティファの土俵入り?






西部のオフビート・サスペンス「パーフェクト・バディ」

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「お久しぶりアクター」の流れで今回はお久しぶりな監督を。

チャン・イーモウ「女と銃と荒野の麺屋」(09)が公開中です。
これってコーエン兄弟「ブラッド・シンプル」(84)を中国に舞台を変えて時代劇としてリメイクしたもので、製作のニュースを聞いた時には期待してたんだけど、IMdBのレイティングではちょっと低め。
出来はどうなんでしょうね?

オリジナル版の舞台はテキサスの田舎町でした。
アメリカ映画には中西部の田舎町を舞台にしたスリラーやサスペンス物って多いけど、まあそこで従業員レイと妻アビー(フランシス・マクドーマンド)の浮気を知った酒屋の主人(ダン・ヘダヤ)が探偵(M.エメット・ウォルシュ)に2人の殺害を依頼するが、結局、探偵は依頼人の主人を裏切り、逆に主人を殺して金を奪って逃走してしまうという出だしのスリラー。

イーモウ版ではM.エメット・ウォルシュの探偵をスン・ホンレイが演じてるのがちょっと気になります。
この役者のちょっとヌメッとした爬虫類っぽい感じが好きです。
顔つきやその雰囲気が小池朝雄に似ていると個人的にはつくづく思ってはいるのですけど…。

sun_01.jpgkoikeasao_01.jpg
ホンレイとコロンボ。どちらもただの悪党顔ではない深みありです。


で、お久しぶりな監督ですけど、そんな"西部田舎町サスペンス"の未公開作のDVDを観たのでそのことを。
タイトルは「ビューティフル・バディ」(10未)。

って、全然わからない邦題だよね、これ。
だいたいバディってナイスバディの"body"かいっ?て思ってたら、どーやら相棒の方の"buddy"みたいです。

「西部田舎町サスペンス」(なんてジャンル無いけどさ)には「ブラッド…」みたいなシリアスなものもあるし、ちょっとオフビートなものもあって、この映画はかなり後者の方でした。
ちなみに同じコーエン兄弟の「赤ちゃん泥棒」(87)や「ノーカントリー」(07)もこの系統だと思うし、シリアス系だったらジョン・ダール「レッドロック 裏切りの銃弾」(92)や「もういちど殺して」(89)などを思い出す。
この手の映画に共通してるのは田舎町だから登場人物が少なくって、低予算でイケそうなとことかでしょうかね。
それとやはり「西部劇」の名残がどこかにあるような気がします。

で、「ビューティフル・バディ」ですけど。
原題の「A Folk in The Road」がそのままに道端に落っこちてたフォークを踏んでパンクしちゃった囚人護送車から移送中の囚人(ジョシュ・クック)が脱走してしまうというのが物語の発端。
脱走した男が近所の家の納屋に隠れると、その家の中から銃声が聞こえ、その家の奥さんと思われる女性(ジェイミー・キング)が男を引きずって出てきて車のトランクに詰め込んで出て行ってしまう。
家に忍び込んだ男が食物にありつこうとしていると、女性が帰ってきて家の中で囚人と鉢合わせしてしまう。
結局、囚人が殺人の死体を運ぶのを手伝う代わりに自分が逃走する手助けをするという交換条件で二人が手を組むことになる。

まあこう言うと十分にシリアスな感じなんだけど、実際はこれがかなりオフ・ビートな調子なんです。
死体を埋めようと思ったらまだ生きてたとか、女のバカ夫が二人が浮気してたと勘違いするとか、かなりバカっぽい。
その誤解を解くために今度はその旦那をトランクに入れて運んだりとか。
この辺の何度も車のトランクに人を閉じ込める感じとかは、どことなく「ハリーの災難」(55)っぽくもあります。

で、挙句に女が助けを乞う姉を演じてるのがミッシー・パイルときた。
当然、この怪女優が出てきて何事もなく終わるわけがなく…。

こんだけ書いてみると十分に面白そうでしょ。
でも、これがそーでもない。
なんでだ?

やっぱり理由は主演2人の魅力の無さでしょうね。
ジェイミー・キングは中途半端にセクシーでね。
エロくもないし、チャーミングでもない。
脚本自体は割と面白い出来だとは思うので、ちょっと残念です。

さて、この映画の脚本と監督をしてるのがジム・カウフ
なんかお久しぶりな感じの監督です。
80年代にいわゆる「バディ物」の「張り込み」(87)の脚本で注目された人です。
この人にはやはり脚本と監督をした「計画性の無い犯罪」(89)ってのがあるんですけど、これがやっぱりちょっとすっとぼけた感じの面白い犯罪映画でした。

folkontheroad.bmp
出ましたミッシー・パイル!こんなサスペンス物でもやってくれてます。脱帽です!



映画の中の「オーソン・ウェルズ」

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未公開映画の流れで…。

少し前にリチャード・リンクレイター監督の「僕と彼女とオーソン・ウェルズ」(08未)を観ました。
ショービジネスの世界に憧れる高校生がオーソン・ウェルズと出会い、彼がリーダーだったマーキュリー劇団に入り舞台に立つという青春の夢と挫折のおはなし。

主人公の青年をザック・エフロン、ウェルズをクリスチャン・マッケイが演じていて、原題の「Me and Orson Wells」には無い「彼女」は誰かってのが微妙なとこなんだけど一応劇団でウェルズの秘書的役割をしていて主人公にやさしく接する女性にクレア・デインズが扮してます。
リンクレイター作品の割にマトモとゆーか、面白味のないドラマでした。
デインズはなんかガリガリに痩せちゃって昔の面影も無くてヒロインとしてはちょっととゆー感じだったしね。

meandorsonwell02.jpg



「僕と彼女と…」の出来はともかく。
オーソン・ウェルズが出てくる映画というとティム・ロビンズが監督した群像劇の「クレイドル・ウィル・ロック」を思い出します。

「僕と彼女と…」では冒頭のクレジットに1937年と出てたので、1936年が舞台の「クレイドル…」の1年後の話ということにはなります。
ちなみに「クレイドル…」でウェルズを演じているのは前回紹介した「計画性の無い犯罪」(89)に出てたルーベン・ブレイズ
いずれにしても1937年当時ウェルズはまだ若干22歳なんで、2作ともとても22歳の青年とは見えません。
「僕と彼女と…」では劇団のリーダーとして30代なかばっぽい感じだったけど、実際は主人公とたいして変わらないんだよね。
もうほとんど大学のサークルの先輩後輩ってくらいなもんですから。

で、「僕と彼女と…」ではウェルズのみがラジオドラマに出演していたけど、翌年の1938年から劇団で出るようになり、そして有名な「火星人襲来」を放送するわけです。
映画の中ではウディ・アレン「ラジオ・デイズ」(87)でダイアン・ウィーストがデート中にその放送を聞いてエライ目に合っちゃったやつですね。

その後、ハリウッドから注目されたウェルズは1941年に「市民ケーン」を監督するようになるんだけど、でもこれでもまだ26歳です。
ほんと早熟の天才だったんですね。
まあその後、映画監督としてのウェルズはどちらかというと不遇の監督というイメージですけど、それでも「市民ケーン」でのパン・フォーカス撮影はあまりにも有名だし、「黒い罠」(58)での冒頭の長回しもワンシーン・ワンカットの映画といったら必ず登場してくるほどで、映画史的には欠かせない作品を撮ってきたのは改めてすごいと思います。

ちなみにTV「ドクター・ハウス」で主人公ハウスの親友のウィルソン医師(ロバート・ショーン・レナード)の職場の部屋には「黒い罠」と「めまい」(58)のポスターが飾られてます。

壁の左側に「黒い罠」、右側には「めまい」のポスター。
ウィルソンは映画ファンという設定だったのか。



あとは「上海から来た女」(47)のラストの鏡の間のシーンも有名ですよね。
この映画が日本で公開されたのが1977年だから本家の方が遅れて公開されたことになるけど「燃えよドラゴン」(73)を「鏡の間」と言えば思い出す。
あとウディ・アレンも「マンハッタン殺人ミステリー」(93)では「上海から…」のフィルムを使ってオマージュとして「鏡の間」のシーンを撮ってるし、ジョニー・トー「MAD探偵 7人の容疑者」(07)のラストに至ってはラム・カートンと彼の7人の「鬼」を鏡に写りこませるという手の懲りようで見事だった。
それくらいにこの「鏡の間」ってのは監督だったら誰もが一度はやってみたくなるシーンとして「サイコ」(60)のシャワーシーンと双璧をなすと言ってもいいんじゃないでしょうか。

「上海から来た女」のリタ・ヘイワースとオーソン・ウェルズ


「マンハッタン殺人ミステリー」より。


ラム・カートン(右手前)と写りこむ鬼たち。(「MAD探偵」)
これって撮影現場は頭こんがらがったでしょーね。



なんだかんだ言っても、結局ぼくの年代だとオーソン・ウェルズと言ったらウィスキーのCMに出てた髭のおじさんってイメージが強すぎるんですけど、でもやっぱり若造だったからいろんな事を試して観客を驚かせてやろうって気持ちが強かったんでしょうね、きっと。


初3Dに唖然!レトロなギャグに狂喜!!

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前回の「MAD探偵 7人の容疑者」の流れで…。

先日、新宿でダンテ・ラム監督の「密告・者」(10)を観てきました。
去年の東京フィルメックスで上映されてましたけど、いやぁ、ニコラス・ツェーを見るたびに国分太一を思いだしちゃうのはぼくだけか?
あと前に書いたけどスン・ホンレイ小池朝雄で、ラム・カートン蟹江敬三ね。
それとリッチー・レン岸谷五朗でしょ。
このソックリさん探しもアジア映画を観る時の楽しみの一つでもあります。
それにしても「孫文の義士団」(10)も今回の「密告・者」も坊主頭のニコラス君はなんか切なすぎるなぁ。



今年は「密告・者」の他にも「MAD探偵 7人の容疑者」(97)や「アクシデント」(09)といった過去のフィルメックスの上映作の劇場公開が続いて嬉しい限りです。
それに加えて、なんでも来春には「鐡三角」(07)も劇場公開が決定したみたいですしね。
で、今年のフィルメックスには2008年の「スリ」(08未)以来3年ぶりにジョニー・トー「奪命金」(11)がやって来るんで、いそいそとチケットをゲット。
以前から会場の朝日ホールの明るさが気になってたもんで今回はTOHO日劇の夜9:15の回にしました。
こりゃ帰りは終電だな。
思えば映画祭に出かけるようになったのもトーさんの映画をスクリーンで観たかったのがきっかけで、会社休んでまで「MAD探偵」を見に行ったのでした。

今年の東京国際映画祭はあまりそそられる作品が無かったんだけど、10月28日にオキサイド・パン「夢遊 スリープ・ウォーカー」(11)を観てきました。
それにしても映画祭のプログラムを眺めてみてアメリカ映画に面白そうな映画が無いよなぁというのをつくづく感じます。
ぼくが知らないだけのことなら、それはそれで安心なんですけとね。

さて「夢遊」のストーリーを映画祭のサイトから抜粋すると・・・
イーは悲劇的な出来事の後、夢遊病に悩まされる。彼女は自分の奇妙な行動にまったく自覚がないのだが、あらゆる証拠は彼女が殺人事件の容疑者であることを暗示する。彼女は元夫の行方不明の事件でアウ巡査と出会う。アウはイーの夢の中にある隠された手がかりを追うが、死体はどこにも見つからない。イーは夢遊病時、本当に誰かを殺したのだろうか?

と、まあこんな話なんですけど、これがなんとも?な感じの出来でした。

何よりもまずこの映画の問題は3Dだったってことに尽きますね。
少なくともホラーであるという触れ込みで3Dだったらそれなりの事を観客は期待するのが当たり前。
それじゃなきゃ誰があんなメガネかけて映画観るかっつーの。
それなのにそれを無視して、というか期待を裏切って、ホラーというよりただの心理ドラマを撮られちゃたまったもんじゃないです。
これなら2Dで観てた方がより楽しめたのではないかと。
もし公開されるようなことがあったら、是非2Dでの鑑賞をお勧めします。

実は3D映画って今回が初めてだったんですね。
以前から3D映画はアトラクションであって映画ではないみたいなことを言ってはきたんだけど、今回それを実感した次第で。

まあ目が疲れるってのは当たり前だし、しょうがないのかもしれないけど、問題なのは脳が期待しちゃってるんですよ、3D効果を。
さぁ〜飛び出すのか~っ?みたいのが頭の中に常にあって、あまり細かなストーリーとかがどーでもいい感じになるんです。
これだと刺激するものがない=面白くないってことになっちゃう。

あと、今回は特に夜のシーンとかが多かったから、それでなくても画面が暗いのに、それに輪をかけて3Dメガネの影響でまた一段と暗くなってしまうんですよ。
上映中に何回もメガネを外して見ましたけど、明るさは外した状態でやっぱり丁度良かった。
その辺の明るさの計算もしてやっぱり作り手には作っていただきたいもんです。

それと3Dってのはやっぱり奥行を活かした効果だから画面の構図も当然そんな感じにはなるよね。
手前になにがしかがあって後ろに人物がいて、そして背後にまた何かがあって、みたいな。
昔、シネスコが全盛だった頃に横ワイドの両サイドに対象物が置かれてたみたいなことがやはり3D映画にもあって、極端な構図になりがちなんだと思う。
もっと面白い3D映画もあるんだろうけど、しばらくは観ないんじゃないかな。
それでなくても「ミッション:8ミニッツ」(11)みたいな面白い映画があるんだから。



「ミッション…」の面白さはアイディアの勝利です。
要約してしまえば「人生最後の8分間を9回繰り返す男」という単純な話なんだけど、これで思い出したのが「恋はデジャ・ヴ」(93)。
こっちは「同じ1日を永遠に繰り返す男」の話だった。
同じシンプルな設定のスタート地点から面白いSFアクションとコメディが作れるという良い手本となる2本です。
そして2本に共通してるのはただ可笑しかったりハラハラするだけじゃないってこと。
ジェイク・ギレンホールは前よりも早く危険を回避しようとするし、ビル・マーレイは前より上手くピアノを弾けるようにしようとする。
なんか絶望のまっただ中にいるはずなのに何故か健気なこの主人公の行動によってプラスアルファが生まれてくる。
そこに映画の面白さがあると思う。
そして「ミッション…」はSFだけど泣ける、ご都合主義なのに涙してしまうという、娯楽映画として最良の着地をしてると思う。

主人公の唯一の理解者を好演したヴェラ・ファーミガ

蛇足だけど冒頭に「鏡のギャグ」があったことを付け加えておきます。
鏡の向こう側とコチラ側で鏡に映っているように同じ動きをするという、マルクス兄弟をはじめ、あまたのコメディで使われたこの手法をCG満載のこの映画でストレートに使っているのが気に入った。
このシーンでこのダンカン・ジョーンズって監督はセンスがあるって思ったのでした。

「鏡のギャグ」手前がギレンホール君





フィルメックスで「奪命金」

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前回の東京国際映画祭の流れで…。

11/27(日)にTOHOシネマズ日劇にてフィルメックスのジョニー・トー監督作「奪命金」(11)を鑑賞。
今、個人的にワクワクしながら新作を心待ちにする唯一の監督なのでかなりの期待をしてました。

上映前にトーさんが自らセッティングしたビデオメッセージが流れて場内が湧いたのにつづいて本編がスタート。

今回の話はヨーロッパを発端とする金融危機に踊らされ、また翻弄される3人が主人公の話。
1人は銀行の個人向けの投資担当でノルマが達成できずに焦りを感じている女性行員のデニス・ホー
1人は仕事では有能だが家庭のこととなるとなかなか決断を下せない刑事のリッチー・レン
そして最後の1人が義理堅いことだけが取り柄みたいな黒社会の下っ端のラウ・チンワン
映画はこの3人の金にまつわるエピソードを描いていく。



単純にオムニバス形式にするのではなく、この3人のエピソードが少しずつ交差させていく物語の構成はタランティーノ「パルプ・フィクション」(94)や「ジャッキー・ブラウン」(97)のラストの部分とかの時制を入れ替えた一連の映画や伊坂幸太郎の小説群を思い出させる。
ただスタイルとしてはちょっと手垢がついたもので目新しいものでもないし、映画が進んで行っても3つのエピソードを交錯させる意図もそれほどあるようにも思えない。
そんなこともあってか観終わっての感想は、正直消化不良ってとこだった。
なにかトーさんらしくない。
上映前のメッセージで今回は新しいことにチャレンジしたと言ってはいたトーさんでしたけど…。
シニカルなお伽話的な味わいにしたかったのか、それともドキュメンタリー・タッチの出来栄えにしたかったのか。
その辺がよく伝わっては来なかった。

今までのジョニー・トー印の映画だったら、シナリオにしても演出にしてももうちょっとなんとか工夫がされていたのに。
少なくとももっと作り込んだ部分があったよって思います。
あとひとひねり3人の交差する面白さを付け加えてほしかったと思うのはぼくだけか?
個々のエピソードに関してはデニス・ホーのエピソードはまずまずなんだと思うけど、いささか序盤の金融商品の説明に時間を取られすぎていまいちテンポが出ないのが難点。
リッチー・レンのエピソードはちょっと全体的に薄味な印象だったかな。
そしてなによりラウ・チンワンが良すぎたのが今回の誤算ですよ。
だからラウちんのパートだけ突出した印象になってしまって映画全体のバランスを崩してたようにさえ思えた。
それくらいこの映画のラウちんは上手い。

ラウちんは「MAD探偵 7人の容疑者」(07)以来のトー作品の出演。
「MAD探偵」での狂気の(=無垢な)刑事役ではそのズボンの丈の短さが役作りとして絶妙だったんだけど、今回はたすき掛けのバッグです。
ちょっとお頭が弱いみたいな印象だけど、義理堅くて憎めないチンピラ役をバッグをたすき掛けにすることだけで表現しちゃってる。
義理だけじゃなくてお金にもシッカリしてそうに思えてくるし。
もちろんそれはラウチンだけじゃなくてトーさんの演出もあってのことなんだろうけどね。
そーいったところが他の2人の主人公には無かったかな。
シナリオに書かれたキャラクターの中に納まっちゃっててプラスαがないんだよな。

「奪命金」はけっして傑作なんかじゃないけど、ラウ・チンワンという役者を堪能できるという点では申し分ない映画であることは間違いない。。

イッツ・ショータイム!





世に銀行強盗映画のネタは尽きまじ?

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前回の「奪命金」(11)からの「銀行」つながりで…。

続けざまに銀行強盗の映画を2本観てきました。
「フェイク・クライム」(10)と「ピザボーイ 史上最凶のご注文」(11)がそれで、前者はキアヌ・リーヴスが主演、もう一方は「ソーシャル・ネットワーク」(10)のジェシー・アイゼンバーグ主演。
どちらもごく普通の生活を送っていた主人公が銀行強盗をする羽目になってしまうとゆー話でした。



映画の中ではほんとに多くの銀行強盗犯が登場しますよね。
考えてみれば西部劇でも御馴染みの職業だったんだから古典的なビジネスっすね。
「明日に向かって撃て!」(69)のブッチ&サンダンスも銀行襲いましたもん。
あと少し時代が進んで「俺たちに明日はない」(67)のボニー&クライドとかね。
あと無いのは未来社会での銀行強盗くらいじゃないか?
いや、それもどっかであったとしても不思議はないですね。

現代が舞台の銀行強盗モノならやっぱり「狼たちの午後」(75)でしょう。
銀行強盗を扱った映画って「狼たちの午後」以前と以後で分けられると言っても過言ではない。
それくらいにこの映画は銀行強盗映画の定番でしょう。
この映画で強盗犯のソニー&サルを演じたのがアル・パチーノジョン・カザール
カザールはこの映画の後、1978年に42歳で亡くなっちゃったけど、好きだったなあ。



こうしてみるとやはり銀行強盗は単独犯は少ないみたいです。
1人で銀行襲ってたのでパッと思い出すのは「アウト・オブ・サイト」(98)の冒頭のジョージ・クルーニーくらいか。
それも捕まっちゃったし。

さて「ピザボーイ…」ですが。

ピザ屋の配達をしてる主人公が配達先でアホ2人組に捕まって、時限爆弾ベストを着せられ、無事になりたきゃ代理で強盗をやれと脅されてというのがそもそもの発端。
代理強盗というアイディアが新味で、やむなく主人公はインド系の親友を仲間に誘いました。
役割分担はひとりが金を集めて、もう一人が行員や客たちを監視するというものでした。

日本映画でちょっと面白かった強盗さんが伊坂幸太郎の小説を映画化した「陽気なギャングが地球を回す」(06)の4人組の強盗。
リーダーが大沢たかおで後は佐藤浩市鈴木京香松田翔太というメンバー。
この中の佐藤浩市の役割が強盗してる間に人質たちに演説をするというもので、去り際に「ご静聴ありがとうございました」的なことを言うのが可笑しかった。

 どんな役柄を演じても佐藤浩市って佐藤浩市なんだよねぇ(笑)


伊坂幸太郎の原作ものでは「CHiLDREN チルドレン」(06)にも銀行強盗が出てきてた。
この時の犯人は確か人質に自分たちと同じお面を付けさせて、人質の解放時に人質たちに紛れて自分たちも逃げ出すというものだったと思う。

で、これと逆の手口だった銀行強盗がビル・マーレイ主演の「クイックチェンジ」(90未)。
うろ覚えだけど確かこっちはピエロの格好のまんま銀行に入っていって、それで人質といっしょに素顔で出てきてたんじゃなかったっけか?

あと最近だとクライブ・オーエンが銀行強盗の主犯を演じた「インサイド・マン」(06)が似たような系統の銀行強盗だった。
「居残り型」とでも言いたい変型版でした
しかしまあホントいろいろ考えるもんですね。
かと思えば、「ダークナイト」(08)のジョーカーみたいに武装強盗丸出しのドカドカぶっ放しちゃうのもあるしね。

でもやっぱり映画の中の銀行強盗はちょっとアイディアで勝負してほしくなる。
未公開物で変わりダネの銀行強盗映画だったのがニック・スタールエリカ・クリステンセン出演の「バンク・クラッシュ」(07未)。

ニック・スタール演じる主人公が銀行で強盗に出くわし、人質だった女性行員(クリステンセン)と一緒に金庫室に逃げ込むが袋の鼠。
強盗団は強盗団で警察に外を固められて外にも出れず、金庫室にも入れない。
結局、三者が動くに動けない状態に。
ところがクリステンセンは強盗団の一味で、銀行のコンピューター・システムをハッキングする役目だったとゆー話なんだけど、この映画が新しかったのは強盗団が盗もうとするのが現金ではなかったこと。
銀行業務で発生する手数料を丸ごと頂いちゃおうってのが変わってた。
なんか悪党としては小っちゃい悪党ですけどね。
この映画、このアイディアといい、強盗団のメンバーがデュランデュランのファンサイトを通じて募集されてたりといった細かいとこが面白い映画でした。
ちなみにこの映画の原題は"How To Rob A Bank"。

冒頭のキアヌ君の「フェイク・クライム」も変わりダネの銀行強盗でした。
お人よしのキアヌ君が悪友に騙され、銀行強盗のドライバー役とは知らされずに手伝わされて、挙句には自分だけ御用になっちゃう。
刑期を終えて出所してみりゃ恋人は悪友たちの一人とイイ仲になってるし、がっかりしてボケッとしてたらヴェラ・ファーミガ扮する女優が運転する車に轢かれるわと踏んだり蹴ったり。
なかばキレ気味に懲役だけ前払いしたんだから盗まにゃ損々とばかりにトンネル掘って銀行強盗をすることを決意するって話です。

しかしこの映画、一向に盛り上がりません。
銀行の金庫室につながる古い地下道が銀行の隣の劇場につながってることから上演予定の劇場に役者として雇われるんだけど、キアヌ君はトンネル堀りよりもどちらかと言えば上演する「桜の園」の芝居の稽古に夢中なんで、こんなにスリルの無い銀行強盗映画も珍しい。
個人的には最近お気に入りのヴェラ・ファーミガを観てれば満足だったけど。

同じ「トンネル系強盗」にはウディ・アレン爺も参戦です。
映画は「おいしい生活」(00)。
キアヌ君のように銀行の近隣からトンネルを掘る事を計画し、カモフラージュの為に1階でトレイシー・ウルマン扮する奥さんの手作りクッキーの店を開く。
ところがトンネルの貫通前にお店の方が大繁盛してしまって…という話で、ウディとウルマンの夫婦が何とも言えないイイ味を出してました。

めずらしく体を張るウディ爺




この女優がたまらん!

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去年の暮れのうちにアップしようと思って書きかけた記事。
一応、前回の「フェイク・クライム」(10)からの流れで…。

常日頃アメリカ映画はつまらんとか、3Dはアトラクションで映画じゃないとか、このブログで言ってきましたけど、そんなこと言ってるくせに2011年も30本くらいなんだかんだと劇場で鑑賞しちゃってたりします。
だもんで、今日は2011年を振り返ってみようかと。
でもただベスト10みたいなのもアレなんで、去年気になった女優さんで括ってみます。

で、最初は「フェイク…」に出てたヴェラ・ファーミガです。
「フェイク…」では売れない女優という役どころだったファーミガですけど、今年いちばん気に入った女優かもしれない。(ああ、この2年くらいダントツのお気に入りは満島ひかりなんすけどね)
なんといっても2011年の面白映画ベスト3の「ミッション:8ミニッツ」(11)のファーミガさんに惚れました。
ちなみに2011年の面白映画ベスト3はですねぇ…。

 「MAD探偵 7人の容疑者」(07)ジョニー・トー
 「この愛のために撃て」(10)フレッド・カヴァイエ
 「ミッション:8ミニッツ」(11)ダンカン・ジョーンズ

以上の3本です。
迷いなし、文句なしの3本だと思います。

「ミッション…」のファーミガ。クールです。

で、ファーミガさんね。

ぼくはけっして制服フェチじゃないんだけど、「ミッション…」で主役のジェイク・ギレンホールの唯一の交信相手となる軍人役の彼女は良かったね。
出演場面はほとんどモニターに移るだけだから動きは無いし、しかもクールな軍服姿でしょ。
初めはちょっと冷たい感じさえ漂わせてたのが次第に主人公のギレンホールとの間に友情のようなものが芽生えていくあたりが何とも言えず良いんですなあ。
クールな表情に徐々に彼女の感情が見え隠れしてくるあたりがたまらんのです。
実は「マイレージ、マイライフ」(09)を未見だったんで、この女優さんは良妻賢母っぽい役の似合う人だと思ってたんです。
ジョアン・アレンとかパトリシア・クラークソンみたいなハリウッドに昔っからある系統ですね。
そしたら「15ミニッツ」(01)の赤毛のコールガールとか「ワイルド・バレット」(06)のポール・ウォーカーの嫁さんとか「ディパーテッド」(06)のカウンセラーとか彼女の出演作品を結構見てたんですよね。
でも恥ずかしいことに全く印象に残ってない。
言われてみれば、ああそっかってくらいで。
「フェイク…」の女優役は彼女にしては珍しくよく喋る役柄なんだけど、それもまた良かった。
顔立ちに派手さは無いけど、その分、演じる役柄の行動や表情がはじけたときに印象が際立つ女優さんです。
後になって「マイレージ…」を見たときも良妻賢母系統を逆手に取った役柄でニンマリしてしまいました。
振れ幅が大きくなるんですよ、この手の役者は。

「15ミニッツ」のファーミガ。今とは全然違う

去年の個人的な傾向として、非アメリカ映画を割と観てます。
それはハリウッド映画に興味が薄れてきてしまったってのが一番の理由かな。
そんな非アメリカ映画の中でも「木洩れ日の家で」(07)のグヌタ・シャフラルスカ「幸せパズル」(10)のマリア・オネットも印象深かった女優でした。。
「木洩れ日…」はポーランド映画、そして「幸せパズル」はアルゼンチンの映画で共に女性の監督の作品。

「木洩れ日…」のシャフラルスカさんは撮影当時91歳ながら足腰達者なのがまずビックリでしたね。
階段の昇り降りだってヘッチャラでね。
ほとんどの場面が愛犬フィラ(フィラデルフィアの略ってのがなんか可笑しい)との会話シーンなんだけど、そのアップで捉えられた表情がフィラにも増してとにかく可愛いんだよね。
彼女の笑顔を見るだけで十分な映画と言ってもいいくらい。
モノクロで撮影された屋敷も雰囲気があって、この映画の魅力の一部になってました。

とにかくチャーミングなんです


こっちも負けずに可愛い


可愛いのは「幸せパズル」のオネットさんも同じ。
家族の為に働きづめの中年女性が見つけた細やかな趣味がジグソーパズル。
家事の合間のわずかな時間を使っての趣味だったのが思わぬ才能を発揮して家族に内緒で大会に出場するという話。

アルゼンチンという国の亭主関白な感じがほとんど昭和のノリなのがまずは驚きだったけど、それが逆になんだか昭和生まれにとっては親近感が増して、どっか近所の家の話にみたいに思えた。
で、その分だけ主人公の可愛さが際立ったみたいに感じたんですよね。
なんかね、そのまま日本を舞台にしても作れそうなんですね。
それなら主人公はひと昔前の八千草薫だなとか思ったりしてました。




さてさて、今年はどんな女優がみれるんでしょう。
役者で映画を見るってのはやっぱり映画の楽しみの基本のような気がするな。





「人生はビギナーズ」とあれこれ。

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前回の女優の話の流れで…。

2/4に公開された「人生はビギナーズ」(10)を観た。
メラニー・ロラン目当てで。

「イングロリアス・バスターズ」(09)で初めて彼女を見て、ちょっとカトリーヌ・ドヌーヴに雰囲気が似てるなって思って以来贔屓にしてる女優さんです。
他にも去年はDVDで「オーケストラ!」(09)、「恋は3,000マイルを超えて」(09未)、「突然、みんなが恋しくて」(11未)などを観てる。



彼女のどこが好きかと聞かれれば、まあ単純にキレイだから。。。

そりゃあドヌーヴほどの、息が詰まるような美しさってのじゃないんだけどね。
でもドヌーヴをちょっと庶民的にしてみましたって感じで、美人でもとっつきやすい感じがあります。
映画の中でもシリアスな役以外に「恋は3000…」や「突然みんなが…」などのちょっと変わった女の子みたいな役どころが割と多くて、個人的にはそっちの方が可愛くて好み。
で、「人生…」でのアナも自由なフランス娘という役どころでした。

45年連れ添った妻に先立たれた父親が75歳になって自分がゲイであることを息子に告白し、その後癌を告知されて4年でこの世を去る。
映画はユアン・マクレガー演じる息子の回想と彼の新しい恋人となるアナとの関係をごちゃ混ぜにして描いている。
父親の自由になった姿を微笑ましく見守りながら、自分のこれからの人生もそうでありたいと思うんだけど、それと同時に決して幸福とは言えなかった母親の45年の結婚生活の思い出が重しのようにのしかかってくる。
そんな息子に父親は自分の人生を自由に生きてほしいと思うのだけど、バツの悪さもあってかストレートに息子に言い出すことはない。
それでも息子はアナという自由に生きるフランス女性と出会い、彼女が息子の新しい導き手となって少しずつ新しい人生に踏み出していく。
そんな話。

クリストファー・プラマーの子供のような笑顔がいつまでも印象に残る映画でした。

さて、例のごとく買ったこの映画のパンフレットに先日亡くなられた川勝正幸さんの文章があった。
川勝正幸という人を初めて見たのは多分フジテレビの深夜のバラエティの「たほいや」だったかな。
あまり勝負にこだわらずに、その場の雰囲気を楽しんでる感じが印象的だったけど、その後、ウディ・アレンの映画のパンフレットの編集をしていたのが川勝さんと知った。

川勝さんのパンフレットはいつも趣向が凝らしてあって、変型パンフのオンパレードだった。
「セレブリティ」(98)なんて、タブロイド版の新聞のようになっていて保管に困るったらありゃしない。
間違いなくぼくの中では一時期のアレン映画は恵比寿のガーデンシネマと川勝正幸編集のパンフレットがセットになって記憶されていて、決して欠かせなかった。
その恵比寿ガーデンシネマも閉館し、川勝さんもいなくなったんだ。
「人生…」のパンフレットは川勝さんの手がけたパンフを思い出させる黄色いパンフレットでした。
しかもA4の変型サイズですよ。

と、ここまで2月のうちに書いておいてほったらかしてた。
プラマーはオスカーの助演賞を穫ったようで。
でもほんとに良い笑顔で、自分が爺さんになったらあんな笑顔を出来たら良いなと思わせる笑顔でありました。

そして一昨日、人生初めてのぎっくり腰を経験。
丸2日ほとんど動けず。
一人暮らしの弱点をもろに突かれた感じであります。(苦笑)






上半期のメモメモ

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4か月ぶりです。
とりあえず、上半期に映画館で観た映画の感想を。

「宇宙人ポール」(11)
「ヒミズ」(11)
「ロンドン・ブルバード」(10)
「三国志英傑伝 関羽」(11)
「人生はビギナーズ」(10)
「捜査官X」(11)
「ドライヴ」(11)
「おとなのけんか」(11)
「王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件」(10)
「裏切りのサーカス」(11)
「ル・アーヴルの靴みがき」(11)
「ミッドナイト・イン・パリ」(11)
「ポテチ」(12)

以上、本数は13本。
内訳は洋画11本に邦画が2本か。



それぞれの感想をば…。

「宇宙人ポール」(11)

サイモン・ペグニック・フロスト脚本の相変わらずのオタク話。
それでもいつもそれなりに楽しめるのは彼らの作る映画がオタクの内輪ウケには終わってないからだと思う。
それとダイナーのオーナー(?)役のジェーン・リンチはやっぱり可笑しい。
元旦に観るには最適の映画だった。


「ヒミズ」(11)

主役2人の熱演が、暑苦しく感じないのが助かった。
震災の被災地でロケをしているんだけど、なんか逆効果だったかな。
作り物の世界がすべて圧倒されてしまってたように感じた。
だからラストはただ「ガンバレ」としか言えなかったのではと思ってしまった。


「ロンドン・ブルバード」(10)

「サンセット大通り」(50)を下敷きにしてるとゆーので少し期待してたのだけど…。
なんかサスペンスもアクションもハードボイルドも全部中途半端な感じ。
この手の映画は今はフランス映画が頑張ってるよね。


「三国志英傑伝 関羽」(11)

つまらなくはないんだけど、なぜか途中眠ってしまったzzz。


「人生はビギナーズ」(10)

前回の記事を参考に。


「捜査官X」(11)

ピーター・チャン監督は前作「ウォーロード/男たちの誓い」(08)同様に人間ドラマがしっかりとしてるのが頼もしい。
今回はタランティーノ「フロム・ダスク・ティル・ドーン」(96)ばりに前後半で別物の映画に転調してたけど、難点は天下のドニー・イェンがただの悪人のわけがないじゃん、というのが解りきってるのがツライ。
ロケーションが新鮮だったのを付け加えておこう。


「ドライヴ」(11)

昔はこーゆー映画っていっぱいあったよなあって思わせる、カンヌでの監督賞とゆーのも頷ける一本。
いつも汚いカッコが多かったライアン・ゴスリングが良いです。
ちなみにやはり短髪で洒落男を演じた「ラブ・アゲイン」(11)のゴスリング君も良いです。
というより映画自体もよく出来てたな。


「おとなのけんか」(11)

一幕物の舞台劇をそのまんま映画化しちゃいましたって感じの映画。
普通はなんか足しちゃうもんなんだけど、スッキリと79分で終わらせちゃうあたりがロマン・ポランスキー監督の余裕を感じます。
劇場ではやはりケイト・ウィンスレットの『一発』で大爆笑がおきてましたね。
ジョン・C・ライリー、クリストフ・ヴァルツ、ジョディ・フォスターのアンサンブルが見事。


「王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件」(10)

あまり事前の知識が無いままに観たツイ・ハークの監督作。
「レイダース」+「ハリー・ポッター」+「シャーロック・ホームズ」といった感じの香港・中国合作のエンタテイメントで、中国のイケイケなとこがいい結果に出てるように思う。
多分、中国の資本が入った映画って今が一番良い時期かもしれない。
それとやはりどんなにCGを使ってもワイヤーアクションがあるのが強みですね。
それがあるから今のハリウッドみたいな為体にはならずに済んでるような。


「裏切りのサーカス」(11)

いまどき珍しい実に静かな映画。
この手の映画は盛り上がりには欠けるから、もっとドキドキを増やしてほしかったと思うのは欲張りなんでしょね。
とにかくゲイリー・オールドマンがシブくて良いのだ。


「ル・アーヴルの靴みがき」(11)

靴みがきマルセルのちょっとイイ話。
そんな感じか。
この手の映画のリズム(間と言ってもいい)が好きな人は好きなんだろうなあ。
最近はよく映画館で眠たくなってしまうんだけど、これもそんな一本でした。


「ミッドナイト・イン・パリ」(11)

オスカーの脚本賞を獲ったりとやたらと評判の良いウディ・アレン爺のファンタジーもの。
これまでは「カイロの紫のバラ」(85)や「アリス」(90)など女性が主人公が多かったんだけど今回はオーウェン・ウィルソンが主人公でした。
男性が主人公の場合、アレン作品ではほとんどアレン自身が主人公と言ってもいいんだけど、ウィルソンになったぶんだけよりロマンティックなテイストになったきがします。
でも、ラストのオチもマイルドすぎて、なんだか安易に感じたのは、やはりアレンが年をとったからなんだよね。


「ポテチ」(12)

「おとなのけんか」の79分は監督の余裕と感じるが、こちらの68分は手抜きと感じてしまう。
原作が短いからって映画化がそのまんまでどーすんのと。
矛盾してるけど、なんか原作プラスアルファあってこその映画化だろと。
おまけに監督自らヘボ役者ぶりを披露してオチまでさらうとは。
料金1300円にするからいいだろう的な安易な考えがチラホラうかがえるのが嫌でした。
てなわけで。
下半期はどんな映画が見れるやら。
あと秋の映画祭も期待しなきゃな。
では。




崖っぷちのマシュー

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「リンカーン弁護士」(12)を観た。

この映画、その題材といいキャスティングといい、ホントに2012年の映画なのかって思うくらいの映画です。
それくらいに、なんかお懐かしい感じがプンプンしてました。
主演は、そうマシュー・マコノヒーっす。
マコノヒーが主演で、彼の元妻で検事をやってるのがマリサ・トメイ。
で、マコノヒーの相棒役がウィリアム・H・メイシーだし、保釈金融業をやってるのがジョン・レグイザモだったりするから、もう90年代オールスターズかってくらいのキャスティング。
かろうじて若手と言えるのがライアン・フィリップだけど、この人はずーっと青年タイプだしね。

トメイは本当に良いですねぇ。


話の方は一匹狼な弁護士のマコノヒーがある事件の容疑者のフィリップの弁護を頼まれたことで過去の事件につながる謎に迫っていくという話をハードボイルド・タッチで描いてます。
当然CGとかとは無縁の話だし、90年代にワンサカ作られたジョン・グリシャムを思い出す法廷モノだったりするわけで、その辺もちょっと懐かしい感じ。
音楽の使い方とかをとっても、多分に古臭いテーストの映画にしたかったんだろうなってのは十分に感じるし、こーゆー映画ってなんかやっぱり落ち着くんだよね。
飛んだり跳ねたり飛び出たりとかの映画が苦手なオッサンとしましては。
まあ個人的にはトメイが出てるだけでOKですけど。

さてさて。
マコノヒーの弁護士役というと、やっぱり出世作となった「評決のとき」(96)以来でしょうか。
個人的には「ボーイズ・オン・ザ・サイド」(95)でのドリュー・バリモアと結ばれる警官役での若々しさが懐かしいのだけど、しかし「評決…」の新米弁護士から20年近くたって敏腕弁護士を演じてるのを見ると、なんだかんだ言ってマコノヒーってやっぱりこの手の役柄が似合うよなあと再認識させられます。
なんででしょ?
なんかこの人、軽ーい感じはするんだけどどっかで正義感だけはしっかりしてるって雰囲気を持ってるんだと思うだよね。
だから弁護士とかって似合うんじゃないかと。

「評決…」でブレイクしてから、裏トゥルーマン・ショーと当時勝手に呼んでた「エドtv」(99)あたりまでは、確かにその正義感と無垢なイメージで映画ファンを楽しませてくれる存在でした。
でも2000年に入ってからはこれといった作品が無いような感じです。
最近ではその正義感もどこか嘘っぽく、無垢なとこはただのバカじゃんって思えちゃったりして。
「U-571」(00)の潜水艦の艦長役は頼りなくてラッセル・クロウあたりに比べたら足元にも及ばないし(まあこの映画はもう一人のビル・パクストンが艦長ってのもどうなの?って思いましたが…)、そもそもこんなにクルーカットの似合わないアメリカ人っているんだって思った映画として記憶してるくらいで。
この辺からかな、大作の主演ってのが少なくなってきて、なんかラブコメの出演が増えてきたような。
いよいよ崖っぷちに踏み出しちゃったってところです。
瀬戸際ですよ。
だいたいラブコメでの女ったらしな役が彼の地であるかどうかはともかくとして、そんな軽い役がハマってたからね。
でもあくまでハマってるのは女ったらしな部分だけで、誠実さみたいなとこは苦手な人ですからね。
当然トム・ハンクスほどの魅力は出せるはずもなく、「10日間で男を上手にフル方法」(03)や「フールズ・ゴールド/カリブ海に沈んだ恋の宝石」(08)でのケイト・ハドソンとのコンビとかも悪くはないんだけど…といったとこ止まりです。
最近の「ゴースト・オブ・ガールフレンズ・パスト」(09未)では出来はまずまずながら、なんだか
「俺ってこんな感じでもういいかなー」って雰囲気さえ漂わせてた。
ならばインディ・ジョーンズばりのヒーローはどうだとばかりの「サハラ 死の砂漠を脱出せよ」(05)もスティーヴ・ザーンとペネロペ・クルスと共演にも恵まれたんだけど、何故かイマイチでした。
悪くは無いんだけどね。
なんか緊迫感というか、必死さと釣り合わない人なんだよね。
まあ決してTVに出演するわけじゃないし、主演作をずっとコンスタントに撮り続けてるんだから決して崖っぷちとは言えないんだろうけど、個人的なイメージとしてはキテたように思う。
だから今回の「リンカーン弁護士」はかなりのインパクトがあるんじゃないですかね。

でも実を言うとこの映画にはモノホンの崖っぷちというか、落ち切っちゃった人が出てたんですよ。
それはマイケル・パレですわ。

そう、あの「ストリート・オブ・ファイヤー」の。

あの「フィラデルフィア・エクスペリメント」の。

って、もうこのくらいか。
いやあ、OPクレジットでパレの名前を発見して驚いて、実際にご本人登場となったらなったで、ホントにこれがパレか?ってくらいの変わりようにまた驚いて。
な~んかねぇ、出来そこないの蝋人形みたいな、サンダーバードのマリオネットみたいになってた。
かくいう観客席のこっちもすっかりおっさんになってしまってるから言えた義理じゃないんだよなあ。


 最近作でのパレ。見よ、この艶の無さ。




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